39話)
言われた瞬間、めまいがした。
今までぼんやり霞んでいた全体像が、一気にリアルに見えてきだしたから。
(そうだったんだ・・・。)
だから、歩は茉莉を愛さないのだ。
彼はすべてを把握した上で、あんな行動を取ってきたのだ。
結婚式の夜の誤解から始まって、二人の関係がとてつもなく悪くなっていった過程で、彼はマンションに住む真理の事情を、何らかの形で耳にしたのかもしれなかった。
その時何と思ったのかは、茉莉でも不明だが、歩のとった行動は、真理に接触した事だった。
その前には、わざわざ見に行った瞬間もあったかもしれなかった。
そこで、無放備に素顔をさらすマリを認めて、仰天したのだろう。
素顔の真理こそ、彼の好みにかなっていたから。
だから同一人物と分かっていて、わざわざ初対面のフリをして・・・。
一から二人の関係を築いてゆこうとした彼の行動は・・・。
成功していた。真理は、歩を受け入れたから。
茉莉とはうまくいかなくても、真理となら安心して側にいることができるから?
同時に・・。
茉莉が思った瞬間。
「俺は河田茉莉を、愛さない。」
と歩が宣言した。
要件はそれで終わり。とばかりに背を向ける彼に、気付くと茉莉は叫んでいた。
「じゃあ、せめて子供を・・あなたの赤ちゃんが生みたい!」
ピクリと体を震わせる歩の肩ごしに、さらにたたみかけてゆく。
「真理には子供を生ませないんでしょ?だったら、河田茉莉には生ませて・・。
お願い。他は何も望まないから・・それだけは・・。」
必死に願う茉莉に、ゆったりと歩は振り返ってゆく。
とても冷たい瞳だと思った。
歩との夫婦としての生活は、これでもうダメだと思った。
とても深い亀裂が二人の間に立ちはだかっていて、修復しようがなくなってしまっているのだ。
彼が作った壁は、冷たく。そしてとても堅牢すぎて・・。
二人が同一人物だと認めた上で、なおさら向けてくる歪んだ愛情は、茉莉でも崩せそうにもなかった。
なす術は残されていなかった。
だったら、せめて妻としての責務の一つ。
跡取りを生む願い事だけは、叶えて欲しいと思ったのだ。
プライドも何もかも捨て去った茉莉のコメントに、さすがの歩も目を見開いた。
「子供が欲しい?・・・言ってる意味わかってるの?」
コクリとうなずく茉莉に、
「気持ちがない男の前で、青い顔をして縋ってその気になると思う?」
ひどい言葉をかけてゆく。
「・・・どうしたらいいの?」
そう言った自分は、本当にみじめだと思った。
真理の時は、歩は難なく抱いて来るのに、茉莉の前だと、どうしてこんななのだ。
茉莉的には、真理も茉莉も同じなので、彼の言った意味が、一瞬、霧散しかけて、これではいけないと思う。
歩は、河田邸で過ごし、妻として家の中を取り仕切り、仕事をこなす茉莉は愛さない。と言っているのだ。
マンションにいる真理は、まったくそんな重責はかかっていなかったから。
お気楽な“こっこ遊び”の中で、無放備に暮らしていたため、瞳の色からして違うはずだった。
気を取り直し、歩を見つめだす茉莉を、歩はうなずいて、
「ソノ気にさせてくれればいいんじゃないの?。
さすがに俺も男だからね。思わずしたくなるような仕草をするとか、いろいろあるだろう。」
と軽く、言ってくるのだ。
ひどく戸惑って、
「・・そんな、私・・。」
と、言った瞬間。歩の瞳の色が変わった。
ニヤニヤしだして、
「いろんな事してみてよ。・・・例えばそうだね・・。まずは下着を脱げば?
パンティしたままでセックスはできないでしょ。
試しに、目の前で脱いでみせて。」
真理の前でも変態気味な歩は、ここでも健在だ。
ここで断ったら、二度と彼との行為は望めないだろう。
茉莉は言われるまま、スゴスゴと、歩の目の前で下着をとった。
「ブラジャーは?」
問うと、
「当たり前でしょ。」
と、即座に応えが返ってきて、服を着たままの状態でブラを外す。
ガウンも取ると、薄手のワンピース一枚になった。
立ち尽くす茉莉の姿を舐めるように見つめだす。
「抱かれるために、その服、選んできたの?」
少しかすれた声で聞いてきた。
首を横に振る茉莉に、
「無意識に・・なんだ。・・体の線が透けて見えるよ。とってもエロティック・・。」
思わずつぶやいてしまったようだ。自分でハッとなったようで、首を振ってから、再び真理を見つめた瞳は、冷静そのものだった。
「とってもエロいけど、それだけじゃ、抱くまでには至らないね。
・・・次は、そこのソファに座るなんてどう?」
言われるままにチョコンと座ると、歩はクスクス笑いだす。
「それで俺を誘っているの?もうちょっと考えてくれよ。」
茉莉は少し考えこんでから、決意を固めた。
目を開いていられなかった。ギュウと目をつむり、座ったまま、ブルブル震える手でワンピースの裾をつかんで、ゆっくりと引きあげてゆく。
太ももが露わになり、腹部、乳房を歩の目の前に晒してゆく。
途中で、腕を取られた。思わず目を見開くと、すぐ側に歩の顔があった。
真摯な表情を浮かべて彼は言う。
「いいよ、そこまでで。
・・・本当にしてほしいの?」
その言葉に、すこし浅い息をしながら、茉莉はコクリとうなずいた。
「わかった。」
つぶやいた彼は、ソッと茉莉にキスを落としてゆくのだった。